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執筆者の写真outise

バリーコモド遠征レポート

更新日:2月23日

2月11日に無事遠征から戻ってまいりました。


今回もログをつけましたので

日誌とともにここに残します。


読みにくいかと思いますが

海況や心境、その場の判断など

その日その瞬間に感じた

リアルなものを書き記してます。


バリ島ーペニダ島ーロンボク島

スンバワ島ーギリバンタ島ーコモド島

の海峡に関しては

過去に手漕ぎでの記録はないため

貴重なログになるかと思います。


今後この海域に挑戦する方がいらっしゃれば

ぜひ参考にしてください。



期間 1月13日〜2月5日

メンバー 運天陵、佐藤瑛彦、南平純

漕行距離 741km

漕行日数 23日間



1/11

関空に昼過ぎ集合

5分割艇と荷物をパッキング

カヤックをケースにいれると27キロ、預け荷物は35キロで予約しているので必要最低限の荷物に絞る

手荷物は7キロで入らない衣服は全て着込む

無事オーバーチャージなしで荷物を預けられて一安心

21時発の飛行機で羽田、クアランプール経由でバリへ向かう

不安と興奮で眠れず


1/12

昼過ぎにバリへ到着

カヤックも傷なく無事

バリ在住の友人のキコさんがタクシー2台を格安で手配してくれサヌールへ向かう

ホテル到着後、食材・行動食・水の買い出し

キコさんがYoutubeで旅ねしあを紹介してくれるということで動画撮影

近くのワルンで夕飯食べながら乾杯

帰ってからカヤック組み立てて、ホテルのプールでリラックス

寝不足と気疲れですでに疲労感あり、感情のコントロールも非常に難しい

果たして明日起きられるのか?

現地到着翌日の出発はスケジュール的にかなり厳しい 


1/13

サヌール→ペニダ島 32.44km

朝から準備して近くのビーチから午前中出発

ビーチで海に詳しそうなおじさんがサヌール港まで北上してからレンボンガン島を目指せとアドバイス

漕ぎ出すとようやく海外での遠征がスタートしたことを実感

慣れない暑さでペースは上がらないがペニダ島北端を今日の目標にする

南へ流れる海流があることはわかっていたので北よりに進路をとる

南への流れがある箇所は南からの大きなうねりがあったが問題なし

その後反転流と上げ潮で不規則な波に変わり流れが北に変わる

思っていたより北に流されたがなんとかレンボンガン島のマングローブへ一旦上陸し休憩

出発時に曇っていたことで油断して日焼け止めを塗らなかったため日焼けがひどい

今までの遠征では手のひらにマメができたことがなかったが手が海水でふやけて1日でひどい水脹れができた

少し休憩して隣のペニダへ向け出発

上げ潮でまた大きく北に流されながらペニダ島北西の村トヤパケの東側に不時着

疲れているので今日はここで諦めて飯食いに行く

熱中症対策にポカリも大量に買う

廃業したバンガローの前でテントを張りミーティング

明日は難しい海峡横断があり不安だったが、キビーの「出たとこ勝負すね」というなんとも軽い言葉で、考えすぎていた気持ちが楽になった

明日死ぬのか?と何度も考えながらも連日の寝不足で泥のように眠った


1/14

ペニダ島→ロンボク島西岸 52.17km

今回の旅で最もリスクの高いペニダ島ーロンボク島横断

南へ流れる強い海流があることはわかっていたが他に情報はない

上げ潮の方が流れは弱そうと判断して上げ潮を狙う

南へ流されて外洋に出てしまえば即遭難

ペニダ北端から80度で少しでも北寄りの進路で横断することに

アグン山がとても綺麗に見えやる気に満ち溢れていた

北端を出て2時間以上80度で漕ぎ、流れはまだそれほどなく北に寄れたので90度に変更

うまく渡れれば半島北端のバンコバンコを目指す

南へ流され半島北端に辿り着けなければそのまま1番近い南岸の上陸地まで追加で30キロ漕ぐ

風も波も穏やかで肩すかしだったかな?と思えるような海だったが、イルカの群れをみたあたりから徐々にうねりが大きくなり南へ急激に流れ出す

進路をまた北よりに変えたがあっという間に半島北端を外す

想像していた以上に南への流れが強い

3m近いうねりになり5ノットくらいで南へ流れていた

とにかく1秒でも早く抜け出すため全力漕ぎ

うねりが収まり不規則な波へ変化、それを抜けるとパタっと波がなくなり川のように渦巻く反転流があった

この世の光景とは思えない海で鳥肌がたった

反転流で北に流されながらロンボク島西岸に到着

南岸の上陸地へ向け海峡出口の岬へ

強烈な反転流が岬にあたりどれだけ漕いでも進まない

なんとか南平と運天はインコースで漕ぎ抜けたがアウトコースのキビーはより速い流れに捕まり沖へ流されはじめる

このまま沖へ流されると死ぬと感じ慌てて運天と2人でキビーの元へ行き、撤退することに

まだこの先にもヤバそうな岬はあり、毎回この流れだとどこかで誰かが死ぬ

ここは無理せず安全な北側からロンボク島を周回することに変更

ロンボク海峡を渡れただけで充分だ

今日はこれ以上漕ぐのは危ないので湾奥のゴロタの浜にビバーク

危機的な状況で上陸後も動悸が止まらなかったが、運天は「腹減ったー!魚獲り行こ!」と早速また海へ潜りに行った

この状況下におかれても異常なくらいなタフな奴だと尊敬する

明日流れの速い北側の岬を越えれるのか?みんな不安を抱えながら地獄のようなビバークだった

腰ががパンツのゴムとシートに擦れてひどい痛み


1/15

西岸→バンコバンコ 12.88km

まずは西岸脱出がこの日の目標

朝起きて海を見ると相変わらず潮は速く大きくうねっていた

天気は悪いが意を決して漕ぎ出す

岸ベタで北上しうまく反転流にのりながら北の岬まで順調に進む

岬を越えた瞬間、本流がぶち当たり4ノット向かい潮

危うく沖に流されそうになったが、インコースに戻り死ぬ気で漕いでなんとか岬を脱出成功

死ぬか漕ぐかの2択を迫られ、火事場の馬鹿力で生き延びた

全ての不安かれ解放されみんなで雄叫びをあげた

バンコバンコの村につきペニダ島から渡ってきたことを伝えると歓迎してくれた

英語を話せるイスマイルに集落を案内してもらう

ようやく海外の漁村巡りの理想的な旅ができる

朝の地獄から天国に来たような村だった

昼飯にハタ系の高級魚を焼いて食べる

水深が深いためか取れる魚も深海の見慣れない魚が多い

恵まれた漁場なのか船も多く活気もあっていい

時間もあるのでみんなで魚突きへ行くとキビーが大きなコブシメを突く

ビーチで休んでいると近くに住むバハルディーがコーヒーをご馳走してくれ水浴びさせてくれた

快適なビーチでコブシメ腹一杯食べて充実感のある1日だった


1/16

バンコバンコ→マタラム 31.14km

ロンボク島の中心地マタラムへ向け出発

中間地点のギリポーで休憩

湾内に入ると取れる魚も少ないようでバンコバンコのような大きな船は少ない

マタラムの中心地に上陸するも、貧しそうな地域で治安が心配なためもう少し北上する

少し市街地から外れた村へ上陸

波が高く慎重に上陸するも、運天は見事に一つだけある岩にヒットし軽く負傷

大怪我にならなくて良かった

海沿いに人が集まってきたため、キビーに留守をしてもらい2人で水と行動食を街へ買い出し

前の家のタシャという女性が奇跡的に英語が話せるので、詳しく旅の説明ができ、家に招待してくれた

夕飯、風呂、寝床、wifiと本当に世話になった

カヤックで来たからこそこみんな親切にしてくれるのだと実感


1/17

マタラム→ギリトラワンガン島 23.31km


世話になったタシャに別れを告げパーティーアイランド、ギリトラワンガンへ

穏やかな海をのんびりと漕いだ

連日の漕ぎで腰あたりの皮が剥けて激痛

南東側のビーチに上陸するとサーフボードのレンタルやってる若者たちが集まってきた

事情を話すとツリーハウスに泊まっていいよと言ってくれた

イスラム圏に入りアルコールが手に入らなかったので数日ぶりのビールで乾杯

リゾート地なので物価は高め

街を歩き昼寝してのんびり過ごす

夕方は波良かったのでサーフボードレンタルしてサーフィン

セット肩の綺麗なレギュラーの波で最高だった

久しぶりのサーフィンは体力がもたず1時間で終了

夜は屋台で飯食って酒飲んで寝る


1/18

ギリトラワンガン島→スランガン 33.97km

西へ移動しスランガンを目指す

平坦な海岸で場所が非常に分かりづらい

この辺りからエビ養殖が増えて海が濁りだす

魚も取れないのか漁師も少ない

暑さもあり時速5キロ程度しか出ず毎日6時間を目安に漕いだ

スランガンにあがり丘の上の飯屋で飯食って昼寝

ビーチに戻ると徐々に人が集まりだして活気がでてきた

日がくれ夕飯を食べていると目の前でいきなりシラス漁がスタート

お祭りのような賑わいのなか村中のみんなで協力して漁をしている

沖合から船で電気を照らし徐々に岸によってきて波打ち際まで来たら網ですくう

賑やかすぎて寝たいのに眠れない

そのうち若者達が採れたてのシラスを持ってきて焚き火で調理して釜揚げシラスを作ってくれた

いい人ばかりだ

雨が降ってきたのでテントを張って就寝


1/19

スランガン→オベルオベル 33.14km

最北端を周り街で買い出し

いきなり現れたカヤックもみんなで引き上げてくれた

水欲しいというと近くの店まで案内してくれた

再出発しオベルオベルという村に上陸

ワルンを求めて町ブラ

奇跡的にwifiもゲットしダラダラしていると近所のムルディアジムが家に招待してくれて、風呂に入れてもらい夕飯までご馳走になった

その後英語を話せる自称バッドムスリムの若者ハリスとフットボール仲間達と酒を飲みに行く

白い色のライスワインとピンク色のココナッツワイン

グラス一つを回し飲みするので酒が弱い自分にはペースが早く辛かった

ハリス曰くスンバワ島はベリーデンジャラスだと

そのまま酔っ払ってハリスの家に泊めてもらう


1/20

オベルオベル→ギリコンド島 32.65km


朝飯をご馳走になりゆっくり出発

ビーチでたまたまいたダイバーに海情報を教えてもらう

ラワン島の沖は潮が早いから内側漕げとのこと

途中から雨が降り出すが涼しく漕ぎやすい

視界が悪いのでしばらく岸沿いを南下し、天気が回復してから島渡り

ギリコンドの住人、ハジャミスティアに許可をもらいキャンプさせてもらう

時間あるので魚突きして飯食って寝る


1/21

ギリコンド島→カウン島 35.91km

流れに気をつけながらスンバワ島へ横断

南風が少し強く吹いたが流れもなく問題なかった

みんなにおすすめされていたケナワ島へ立ち寄り高台から絶景を堪能

西風にのり一気にカウン島へ到着

ビーチカフェのオーナーであるラフィーに事情を説明すると自由に使っていいよとビーチ沿いの東屋をゲット

ラフィーに村を案内してもらう

バジャウ族の村らしく今までの素朴な漁村とは違い色鮮やかな建物や花が植えられている

サンゴの養殖も見学

週末ということもあり夕方にはサンセットを見に多くの人がやってきて賑わっていた

物価はロンボクより少し高めで、小綺麗な街の人が多い印象

スンバワ島はデンジャラスどころかロンボク島より裕福な人が多いことを知る

ラフィーの店で飯食って寝る


1/22

カウン島→北端近くのマングローブ 26.31km

日曜で朝から子供達がビーチで遊んでいる

干潮でリーフが干上がって出れないのでラフィーに実際にサンゴ養殖している場所を案内してもらう

リーフエッジには養殖された枝サンゴがあり、豊かな海を残すため政府からの補助を受けて取り組んでいるとのこと

環境への意識が低いインドネシアにもこんな考えを持つ人がいるのかと感心した

ずっと会ってみたかったバジャウ族から実際素晴らしい話が聞けてとても良かった

昼前にようやく満ち始めて出発

ラフィーおすすめのベディル島で魚突き

魚は獲られすぎているのかどこを潜っても少ない

今日はとりあえず行けるところまで進む

北端の岬を越えると手漕ぎで漁をしてる人が増えてきた

数十キロ移動するだけで時代が一気に遡っているみたい

マングローブ河口にある漁師の休憩場所の砂浜でキャンプさせてもらえることになった

ガンガセを好んで食べているようで周囲はガンガゼの殻が周りに散らばっている

漁師のおっちゃんが木を集めて火おこしてくれて運天が獲ったムラサキウニっぽいのを焼いてくれた

漁師のおっちゃんはこのウニは美味いウニだと言ってたが自分は食べられなかった

日が暮れるとありえない蚊の多さに発狂してテントに潜り込む

腰の擦れはだいぶ良くなったが次は金玉がパンツの中のメッシュに擦れてひどく痛む


1/23

マングローブ→モヨ島東 45.82km

金玉擦れ防止のためパンツの中のメッシュを切る

モヨ島を目指す

体も慣れてきたのか徐々にペースがあがり時速6キロ台で漕げるようになってきた

ある程度東に進み一気にモヨ島へ横断

村が見えたので行ってみるとアマンリゾートだった

事情を説明すると親切なスタッフが従業員用のシャワーとミネラルウォーター恵んでもらう

金玉が潮水に触れると痛すぎて歩けないほどになってきた

キャンプは近くのビーチへ移動

久しぶりに西向きのビーチで夕陽が綺麗だった


1/24

モヨ島→メダン島 18.39km

流木を持った際にサソリに刺され発狂する

モヨ島の北西にあるバジャウ族の住むメダン島へ

南側の集落にあがり事情を説明すると大歓迎をうけた

老人と子供に村を案内してもらう

サソリの毒が弱かったのか昼には痛みはなくなり痺れだけで一安心

午後から集落から離れた北側のビーチへ移動して魚突き

ダイナマイト漁をしているので見た目はとても美しい海だがサンゴも魚もいない

同じバジャウ族でも考え方は全く違う

モヨを境にエンジン船はアウトリガーのない幅広の船へと変化していた

北側のビーチでは造船もしている

たまたま見物に来たファルセスがヤシを数個くれ、夕飯も集落でゴマモンガラを食べさせてくれた

ヤシと夕焼けの美しいキャンプ地だった


1/25

メダン島→ラブアンカナンガ 39.55km

東へ移動しサトンダ島向かいのラブアンカナンガを目指す

暑くて何度も海に飛び込む

追い風で調子良く予定より早く到着

村へ行きワルンで若者と話すとみんなビーチへカヤック見に集まってきた

子供達がサトウキビをわざわざ剥いて食べさせてくれた

ビーチ前の家のアンドラが夕飯買いにバイクで近くのワルンへ連れてってくれた

コーヒーや充電もさせてくれて面倒みてくれた

アンドラの友人は夕方から翌朝まで電灯潜りへ

バリでガイドしていた英語を話せるラフマンがテザリングさせてくれてwifiゲット

人が常に見にくるのでなかなか眠れず


1/26

ラブアンカナンガ→カウィンダトイ 35.98km

最短距離で次の湾を横断するためなるべく岬の近くを目指す

この日も厳しい暑さで悶絶パドリング

結局湾の横断は沖出しの風が吹くと危ないので中止し、岬手前のカウィンダトイへ上陸

ワルン探しに村を歩きへ行くと親切なジュルがバイクで連れて行ってくれた

白米を食べたいと連呼していたら、可哀想に見えたのかジョニーの家族が白米と魚とキンキンに冷えた水を出してくれた

村から少し離れたビーチに上陸したので、その後はのんびり過ごす



1/27

カウィンダトイ→ピヨン 37.02km

湾奥のピヨンを目指す

昼過ぎ到着するとすぐさま英語の話せるジョーがかけつけて飯の段取りをしてくれた

ジョーの友人のビーチカフェでのんびりした後、沖で魚突きするも魚は少ない

後でわかったが本当はもっと沖の方が魚もサンゴも多い

海から上がり近くの家で水浴びし買い出しへ

雨も降っているのでジョーが自宅に招いてくれ夕飯をご馳走になる

カフェの横でテントを張りカラオケを楽しむ

日本人が珍しいのかみんなカラオケの動画とって一緒に踊って大騒ぎした


1/28

ピヨン→サンプーン 35.51km


北上し北の岬を周ったサンプーンを目指す

岬手前からは徐々に風強くなりちょっと修行

サンプーンにサーフ上陸すると浜で子供と遊んでいた男性が驚いて声をかけてくれた

村でダラダラ過ごしていると役場で働くフーサインとで会い一晩泊めてもらうことに

荷物を取りにカヤックへ戻ると最初に出会った男性がカヤックを何時間も見張り続けてくれていた

しかも強風で潮が上がり見張りがなければ全ての機材は流されていた

少しの油断で危うく全てが終わる状況で大反省だった

カヤックで日本人が来た情報が広がり村長も挨拶に来た

村長が僕らの安全のためにパスポートの写真をポリスに送りたいとのことで了承したが、話が大きくなり結局夜に警察とイミグレの事情聴取を受ける騒ぎとなった

助けてくれたフーサインには逆に迷惑をかけてしまった


1/29

サンプーン→ビマコタ 32.44km

最後まで盛大なお見送りしてもらってビマコタを目指す

ビマ湾は最短距離で横断

上陸すると目の前の家のラスタマンが水浴びさせてくれた

また噂が広まり人が集まりだす

ワルンで飯食ってwifi使える学校までバイクで送ってもらう

この村は不思議とドレッドが多いことと、ラスタカラーの建物が多い

校庭でバレーが始まり高校生達とバレーを楽しむ

帰りにまたワルンで飯食って就寝


1/30

ビマコタ→サンゲアン島 23.87km

朝からまたワルンで飯食って、買い出しを少しして出発しサンゲアン島を目指す

サンゲアンは誰に聞いてもいい噂を聞かない謎めいた島で不気味に感じた

10キロほどの横断ということで油断していたが、上げ潮と重なり北西への流れがあり横断に時間がかかる

思っていたよりサンゲアン島の水路は流れる

ギリバンタ島、コモド島への横断は想定以上に厳しいものになりそうな予感

真ん中の集落に到着すると村中の人が集まりだし大騒ぎに

事情を説明すると皆もてなしてくれた

電気は余裕のある家庭のみ小さなソーラーパネル設置で豆電球一個、調理は焚き火、水は地下水を使用と数百年タイムスリップした暮らしをしている

家畜の数は今までみた村の中で1番多いし、山へ続く丘では農地が広範囲にあり食べ物には困らなさそう

鹿や猪や鳥も手作りのガス銃でとる

夕方畑に迷い込んだイノシシ狩りに同行させてもらう

木の上に登って子供と避難して、大人達は木の棒を振り回すがイノシシには先に逃げられたようだ

夕飯の自炊にも人が集まりみんな不思議そうに見ていた

地下水で水浴びして家畜と一緒に寝るがテントに小便されて最悪だった


1/31

サンゲアン島→ギリバンタ島 44km

あまりの不快感で全員が初めてアラーム鳴る前に起床

村人と記念撮影して盛大に見送りしてもらい出発

前日の上げ潮の速さを警戒して一旦スンバワ島近くまで南へ移動し、その時の状況でギリバンタ島へ横断するか考えることに

予想より順調に漕げるし天気も良さそうだったので、30キロ先のギリバンタ島へ渡ることを決断

昼干潮で午前中は下げ潮を使って南寄りの進路を取れば上げ潮で北に流されても島は外さないはずだ

順調にペース上げて南寄りに島へ接近するが、干潮の時刻をすぎても北へ流れない

島へ近づくにつれ徐々に南への流れが強くなり南へ流れる海流があることに気づくが時すでに遅し

島まであと5キロ地点で島の南端を外し、なおかつ強烈な雨雲が南から接近

とにかくダッシュで北よりの進路に変え頑張って近づく

雨雲に捕まりホワイトアウトするもラッキーなことに風が南風でなんとか岸に張り付けた

南西の湾奥に避難すると湾内にはサペから来たバジャウの漁船が休憩していた

話しかけてみるといきなりカツオ2匹とタコをくれた

雨の中焚き火をしてカツオを焼いて刺身で食ってこの旅1番贅沢な夕食となった

島を外し一時は危機的な状況だったが運に助けられこの日も生き延びれた


2/1

ギリバンタ島→ギリラワ島 37.66km

ギリバンタ島を南回りに移動

あたりではサペからの漁師が漁をしている

個人的にはギリバンタのワイルド感がこの旅で1番感動した景色かもしれない

南東の岬からコモド島へ横断しようかと思ったが、キビーが南への流れがありそうだから北東の岬から出発にしよう、ということで北東の岬まで移動

たかが12キロの横断だがどのように流れているのか分からず緊張感あり

南への流れに注意してコモド島の北端を目指す

予想通りコモド島に近づくと南への強い海流があったが、想定内の流れだったので問題なく横断成功

南島の岬から出ていたらまた違う結果になっていたかもしれずキビーの采配は完璧だった

コモド島の北端をまわりギリラワ島で上陸

たまたま事務所があり国立公園内ということで入場1人1500円払わされる

緊張感のある難しい横断が続いた2日間で夜は疲労感で動けなかった


2/2

ギリラワ島→コモド島 28.4km


コモド島近くもかなり潮が速く岸沿いの反転流を使って南下し、公園のオフィスがあるビーチへ

ガイドをお願いしてコモドドラゴンを見学

ビーチでたまたま釈迦頭を購入したアリヤスが金はいらないからウチにホームステイしろと言ってくれたので一緒に近くのコモド村へ移動

夕飯をご馳走になった

村のオフィスでwifiやっていると僕らをニュースで見たという男性に声をかけられる

何のことかわからずまた変な騒ぎになっていないか心配になった

また数日前にラブアンバジョで殺人事件があったそうで別の男性にパスポートの提出もお願いされた


2/3

コモド島→クレポー島 27.32km

朝は近くのワルンで食べ出発

国立公園内に滞在すると金がかかるので公園外のサバヨールベサール島へいくことに

コモド島からパラランバー島へ北に流れる潮流の海を横断

かなり南寄りの進路で狙ったがパラランバー島の西側の潮流はとても速くギリギリセーフといった危うい横断だった

インドネシアはどこの海も僕らが想像している以上の潮流だ

シアバベサール島からサバヨールべサール島を狙ったがここも島に西側は潮流が速い

無事サバヨールバザール島に到着しコモドリゾートでwifiとビールで乾杯

目の前のクレポー島でキャンプするために住人のダヤ夫婦に事情を説明したら快くキャンプを許可してくれた


2/4

ゴールも近づき余裕があるのでこの旅始まって以来の休暇

22日間毎日漕いだ体はボロボロになっていた

ダラダラとタープで過ごし午後から魚突き

その後コモドリゾートでまたビールを飲んでのんびりとキャンプした


2/5

クレポー島→ラブアンバジョ 19.83km

いよいよ最終日でラブアンバジョまで20キロ弱

ダイレクトに狙わずに島伝いに南寄りに行った方が良いとアドバイスを受ける

北うねりはあったものの、一日体を休めたので楽に感じた

流されることなく無事昼前にラブアンバジョへゴール

浮桟橋から上陸しビールで乾杯

長い長い過酷な旅が終わりしばらく放心状態となった



最後に


想像を絶するような過酷な

24日間741キロの旅。


13の村と島を訪れインドネシアの

海辺の暮らしを見させて頂きました。


一見、金銭的に豊かでない村もありましたが

皆さん笑顔に満ち溢れ

豊かさとは果たして何かを

改めて考えさせられる場面も多々ありました。


村中が皆顔見知りで

困ったことがあれば皆で助け合い支え合う。

地域みんなで子供を育てる姿は

まさに理想的な世界でした。


今の日本ではなかなか出会うことが

少なくなった地域コミュニティーが

今なおインドネシアの田舎には

残っているように感じます。


またカヤックは人と人を繋ぐことができる

素晴らしいツールであることもわかりました。


カヤックで来たからこそ、

現地の人は異国の地から来た僕たちを

快く受け入れ、心を開いて話してくれます。


たくさんご馳走になったし、

何度も寝床を与えてもらいました。


今日生きることに精一杯の現地の人が

こうしておもてなしをしてくれることに

ただただ深く感動する毎日でした。


初めての海外遠征ということで

たくさん失敗できたことをプラスに思い

また次の旅へ活かしていきます。



今回遠征をサポートしていただいた皆様

インドネシアで出会った皆様

日本からたくさんの応援をしてくれた皆様

心配ばかりかけてしまった家族に

改めて深く感謝いたします。


また来年もまだ見ぬ海と人の暮らしを

求めて旅に出たいと思います。

まだまだ僕たちの人力旅は

スタートしたばかりです。



南平純

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